2017年の弥彦競輪本場開催はファンの皆様のお陰で無事、終了致しました。今後は場外発売でお楽しみください。

-新潟県 名選手列伝②-

佐野 正晴さん

4月の早福さんで幕があいたこのコーナー。早福さんとくれば、新潟のスター第2号の佐野正晴さん(53)を紹介しなければならない。 66年9月に弥彦でデビューし、97年10月までの33年間、160センチの小さい体で奮闘。1925戦して千葉記念の優勝を含む273勝。しかも連対率 は3割を超える。本人も「俺は2、3着が多かったから」と苦笑いを浮かべた。弥彦での優勝がないのも珍しい。

デビューした翌年に10連勝してA級に上がったものの、10連勝で特進を果たした選手はもう一度、B級に戻される理不尽な改正にあう。でも今 度は12 連勝で堂々のA級返り咲き。このころから戦法は追い込み。「体がなかったし、先行しても垂れてしまうから」。でも本当の理由は「練習が嫌いだったから」。 「先行選手は追い込み選手の倍は練習しなくてはならない。それに1回、先行の番手を回ったら、こんなに楽なことはなかった」と笑う。

「競りもやったけど、中割りが多かった。車輪さえ入れば、外の選手の腰に当たって突っ込んでいった」。ともに落車しない。それがプロだ。

競輪の魅力は「根性というか、体を張った、男と男の戦い。それがいいんだよ」。ライン戦の今の競輪と違って、追い込み型なら力をつけて、ひと つ、ひとつ 番手を上げていく。もちろん競り勝っていかなければならない。

今の競輪と違うのは戦い方だけではない。選手に対する世間の目が違っていた。「当時はろくでもないやつが競輪選手になる。そんな感じ。だから 選手になる ときにも、指導してくれた人から反対されました」。ちょうど、選手になって10年くらいのとき、佐野さんに一通の手紙が送られてきた。差し出し人の住所は 茨城。中には佐野さんのレースを見て、生きる勇気がわいてきたと書いてあった。「どこで見たかは知らないけど、小さな体のこんなやつでも頑張っているんだ から、と思ってくれたんじゃないかな」。こういう先人の努力によって今の競輪がある。





















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